混沌をして語らしめる

読書記録とKJ法

このブログについて

ABOUT

KJ法を駆使して文章を大量生産しようとブログを開設したのが2017年の6月。キャッチフレーズは「質より量 KJ法でブログを書こう」である。

サイト全体がKJ法を体現しようと目論むのである。言わば投稿そのものがKJラベルと化しているので、どんな投稿であろうと未来に書くであろう何かの伏線であり、どんな駄文もいつか回収されまくりなのである。

もっと文章もプログラムなんかのライブラリー見たく、フルスクラッチで書くんじゃなく必要なものは取って来りゃいいじゃんと妄想は果てしない。が、今の所はカルタ取りのようなアナログ全盛な風景が、楽屋裏で繰り広げられている。いや、もうKJ法なのかどうかさえ怪しくなって来ている。

そのようなわけで、KJ法を使って何処に行こうとしているのか、全くネット上に投げ出されている。投げ出して成り行きを楽しんでいるところがある。

KJ法

かれこれ三〇年来のつきあい。未だに謎に満ちた「思想」は、ついに解明されるか、それともさらに混迷を深めるか?

読書記録

読んだ本のなんだか気になる箇所にアンダーラインを引くことから、すべてが始まる。